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神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)150号 判決 1987年5月27日

原告

望月守

右訴訟代理人弁護士

筧宗憲

田中秀雄

吉井正明

被告

中川儀彦

被告

山本政和

右被告両名訴訟代理人弁護士

佐藤幸司

主文

一  被告山本政和は、原告に対し、金二四〇万円とこれに対する昭和五八年五月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告山本政和に対するその余の請求並びに被告中川儀彦に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告山本政和に生じた費用の二分の一を被告山本政和の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告中川儀彦に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告らは、連帯して原告に対し、金三四〇万円とこれに対する昭和五八年五月三一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告両名が別紙物件目録記載の建物の被告山本政和の共有持分(五分の四)についてなした昭和五八年三月二八日付別紙根抵当権目録記載の根抵当権設定契約は、これを取り消す。

3  被告らは、原告に対し、それぞれ、別紙物件目録記載の建物の被告山本政和の共有持分(五分の四)についてなした神戸地方法務局御影出張所昭和五八年三月三〇日受付第九〇九〇号別紙根抵当権目録記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告(請求原因)

1  当事者

(一) 原告は、住所地において木材販売業を営んでいる者である。

(二) 被告中川儀彦(以下「被告中川」という。)は、昭和五八年五月に不渡手形を出して倒産した訴外株式会社サンソール建装(以下「サンソール」という。)の当時の監査役、同山本政和(以下「被告山本」という。)は、同じく代表取締役である。

2  被告らの任務懈怠

(一) サンソールは、昭和五〇年二月一九日、建築並びに内装工事の設計及び施工等を目的として設立された株式会社であるところ、被告山本は設立当初からのサンソールの代表取締役であり、被告中川は昭和五四年七月二〇日から昭和五七年九月二八日までは同社の取締役、昭和五七年九月二九日からは同社の監査役の任にあつた者である。

(二) 昭和五三年頃から、被告山本はタイ国に現地法人である訴外サンソーラー・インテリア・デザイン・アンド・コンサルティング・カンパニー・リミテッド(以下「サンソーラー」という。)を設立し、同国バンコク市において建築業の営業を開始した。

(三) 被告山本は、サンソーラー設立当初から、ほとんどタイ国に滞在してサンソールの業務を従業員に委ね、昭和五六年六月からは、訴外田中康元(以下「田中」という。)をサンソールの取締役に就任させ日本における会社業務を一任するようになつた。

(四) 田中は、会社経営の経験もなかつたうえ、サンソーラーは、サンソールから資材を不当に安い価格で輸出させたため、サンソールの業績は悪化の一途を辿り、その結果、サンソールは、昭和五八年五月、負債約五〇〇〇万円をかかえて倒産した。

(五) 以上のように、被告山本はサンソールの代表取締役であるにもかかわらず、故意に業務の誠実な執行を怠りサンソールの債権者である原告に損害を加え、被告中川は当初は取締役として、その後は監査役として被告山本の職務執行の監督を怠り、同じく原告に損害を加えた。

(六) 原告の損害

原告は、昭和五七年五月頃から、サンソールの下請である訴外小南工務店に対して木材を販売してサンソール振出の手形を取得するようになつたものであるが、サンソールが倒産必至の状態になつた昭和五八年四月中旬頃において、当時所持していたサンソール振出の手形五通(以下「本件手形」という。)の手形金合計三八〇万円の支払を受けられない状態になつたことで金三八〇万円の損害を被つた。

3  詐害行為取消権

(一) 本件手形振出当時から、既にサンソールは倒産に至ることが明らかな財政状態にあり、同手形を支払うことは不可能な状態にあつたのであるから、前記のとおり、被告山本は本件手形の振出をなすがままに任せ放置するという任務違背により、商法二六六条の三に基づき、原告に対して、手形の券面額金三八〇万円と同額の損害賠償義務を負つていた。

(二) 被告らは、本件手形振出後である昭和五八年三月三〇日、被告山本所有の別紙物件目録記載のマンション(以下「本件マンション」という。)の共有持分につき、被告中川を根抵当権者とする別紙根抵当権目録記載の根抵当権設定契約(以下「本件根抵当権設定契約」という。)を締結し、その設定登記(以下「本件根抵当権設定登記」という。)手続をした。

(三) 被告らは、それぞれ、サンソールの多数の債権者に対して、サンソールの負つていた負債と同額の損害賠償義務を負担していたものであるが、本件根抵当権設定契約は、被告山本の原告らサンソールの債権者に対する個人責任を回避することを目的としてなされた。仮にそうでないとしても、被告山本は、本件マンション以外にはめぼしい財産を有しておらず、明らかに債務超過の状態にあつたのであるから、同マンションへの根抵当権設定が、同被告の一般財産を減少させ、サンソール債権者が同被告に対して有する損害賠償請求権の全額の弁済を受けられなくなることにつき認識があつた。

よつて、原告は、被告らに対し、取締役及び監査役の第三者に対する責任に基づく損害賠償請求権に基づき、連帯して三八〇万円の内金三四〇万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五八年五月三一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、詐害行為取消権に基づき、本件根抵当権設定契約の取消及びこれを原因とする本件根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。

二  被告ら(請求原因に対する認否)

1  請求原因1(一)の事実は不知。同1(二)の事実は認める。

2  同2(一)ないし(三)の事実はいずれも認める。同2(四)の事実中、サンソールが昭和五八年五月倒産したことは認め、その余の事実は否認する。同2(五)の主張は争う。同2(六)の事実は不知、その主張は争う。

3  同3(一)、(三)の事実はいずれも否認し、同3(二)の事実は認める。

詐害行為取消権は、もともと債権者に対し平等の割合で弁済を受けることを保障する制度ではない。一部の債権者に担保を提供しても他の債権者の共同担保はそれだけ減少するが被担保債権額だけ負債額も減少し債務者の財産に増減はないのであるから、一部の債権者に担保を供与することは、詐害行為にはならないものと解すべきである。従つて、本件根抵当権設定契約は詐害行為にはならない。

仮に、そうでないとしても、本件根抵当権設定契約の前後である昭和五八年二月四日から同年五月二日までの間に、八回にわたり、被告中川あるいは同人の経営する訴外不二船舶工業株式会社(以下「不二船舶」という。)はサンソールに対し、合計金一〇〇一万円を貸付けているところ、本件根抵当権設定契約は、サンソールの事業経営のための資金獲得あるいは弁済資金をうるためやむを得ない手段であつたから、詐害行為とはならない。

第三  証拠<省略>

理由

第一被告らの原告に対する損害賠償責任についての判断

一被告らの任務懈怠

請求原因1(二)の事実、同2(一)ないし(三)の事実、同2(四)の事実中サンソールが昭和五八年五月倒産したことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、被告中川は、不二船舶の代表取締役であり、訴外岩本和子の紹介でサンソールの銀行取引を円滑にし建築関係の得意先を斡旋するため、要請されて昭和五四年七月二〇日サンソールの取締役として就任したこと、昭和五七年九月二八日被告中川はサンソールの取締役を辞任したが、懇請されて翌二九日監査役に就任し、同月三〇日これらの登記手続を終えたこと、被告山本は、昭和五四年頃からタイ国での営業を企画し田中とともにしばしばタイ国に出向いていたが昭和五五年三月三一日、サンソールと同じ営業を目的とする現地法人サンソーラーを設立し、タイ国においてその登記手続を終え、同年四月一五日営業を開始したこと、サンソーラー設立直前から被告山本と田中はタイ国にほぼ常駐する形となつたが、被告山本は田中を帰国せしめ昭和五六年四月三〇日にサンソールの取締役に選任し(登記は、同年六月二五日)、被告山本の妻カズ子とともにサンソールの責任者としてその経営に当たらしめたこと、右カズ子は被告山本と不仲となり昭和五七年六月頃から別会社を作つてサンソールと同様の営業を開始したため、同年九月二八日田中を代表取締役に選任(登記は、同月三〇日)してサンソールの経営を同人に委ねたこと、サンソールの営業は右時期以降も従前どおり芳しくなく、会社経営の経験の全くない田中は被告中川の援助を受けつつ営業を続けたが、帳簿の記載など、その会社経営は杜撰で、売上も伸びず、会社の業績は次第に悪化したこと(なお、原告は被告山本がサンソールからサンソーラーに資材を不当に安い価格で輸出させたこともサンソールの業績悪化の一因である旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。)、被告山本は年に数回帰国はするもののサンソールの経営状態をほとんどかえりみることがなかつたこと、被告中川はその間サンソールに日新信用金庫及び淡路信用金庫を紹介して取引を開始させるなど融資及び手形割引の道を開き、さらには自ら経営する不二船舶からサンソールに無利息で融資したり、あるいはサンソールをして不二船舶の取引銀行で不二船舶の手形割引の枠を利用させるなどサンソールの資金繰りを援助したこと、被告中川は、昭和五八年二月当時、被告山本及び田中からの要請によりすでに相当額の債務超過の状態にあつたサンソールに対し、その実態を十分把握できないまま資金援助することとし、サンソールに対し、同年二月四日から同年五月二日までの間に合計金一〇〇一万円を貸付けたこと、同年四月初旬ころ、被告中川は田中と同月二〇日から同月三〇日までのサンソールの支払手形の決済資金につき協議した結果、サンソールの未収金を回収することによつてその間の手形決済は可能であるとの結論になつたこと、さらに、同年五月一日から同月一〇日までの手形決済資金については約二〇〇万円の不足が予想されるが、その不足分は被告中川あるいは不二船舶において融資する旨合意ができていたこと、田中は同年四月上旬に集金した金二〇〇万円の内一二〇万円について被告中川に何の連絡・報告もせず別途の債務の弁済に充て、かつその後田中が所在をくらましたため、被告中川は資金援助を打切り、ためにサンソールは昭和五八年五月一〇日ころ約六〇〇〇万円の負債をかかえて倒産したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実を前提に検討するに、山本はサンソールの代表取締役であるから、代表取締役として自ら適正な業務執行をなすべきことはもちろん、取締役会の構成員たる地位に基づき他の代表取締役の業務執行を監視すべき義務を負う者であるが、自らはタイ国にあつてサンソーラーの営業に専念してサンソールの営業をかえりみず、その結果代表取締役田中の業務執行の監督を怠り何ら適切な措置をとらずこれを放置していたものであつて、被告山本にはサンソール倒産につき少なくとも重過失による取締役としての任務懈怠があつたものと認めるのが相当である。他方、被告中川は、昭和五四年七月二〇日から昭和五七年九月二八日まで取締役の任にあつたが、この間サンソールの資金状態の悪化はさほど顕著でないうえ、むしろ被告中川はこの間サンソールの資金繰りにつき積極的な援助を行つていたことが認められるから、同人につき右期間中任務懈怠ありと認められない。そして、被告中川は、昭和五七年九月二九日からサンソールの監査役の任にあつたところ、サンソールのごとき資本の額が一億円以下の株式会社の監査役は事後において取締役に会計に関する報告を求めたり、会計に関する書類を調査して総会に報告する等の職責を有するにすぎないものと解される(株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律二二条、二五条)。そして、被告中川に右の意味における監査役の任務懈怠がなかつたものとはいえないが、少なくとも右任務懈怠とサンソールの倒産・原告の損害との間には相当因果関係があるものとは認めるに足りないから、原告の被告中川に対する損害賠償請求は理由がない。

二原告の損害

<証拠>によれば、原告は、昭和五七年五月頃から、サンソールの下請である訴外小南工務店に対し木材を販売してサンソール振出の手形を取得するようになつたこと、サンソールの倒産により所持していたサンソール振出の手形五通(額面金額合計三八〇万円)の支払を受けられない状態になつたこと、右手形のうち二通(額面金額合計一八〇万円)については手形判決をえたうえ裏書人である田中から内金一四〇万円の支払を受けたこと、従つて、原告は結局サンソールの倒産により金二四〇万円の損害を被つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三以上によれば、被告山本はサンソールに対し取締役としての任務を懈怠し、サンソールは右任務懈怠により倒産に至つたものというべく、被告山本はサンソールの倒産により原告に生じた右損害を賠償する義務がある。そして、前記のとおり、被告中川に対する本件損害賠償請求は理由がない。

なお、取締役の第三者に対する責任は、法がその責任を加重するために認めた特別の法定責任であると解すべきところ、本件損害賠償債務は商行為によつて生じた債務ないしはその変形物でこれと実質的に同一性を有するものとは認められないから、右損害金の遅延損害金は商事法定利率ではなく民法所定の年五分の利率によるべきものと解される。従つて、右損害金につき年六分の割合による遅延損害金を求める原告の付帯請求はその限りで一部理由がない。

第二詐害行為取消権についての判断

請求原因3(二)の事実は、当事者間に争いがない。

前記第一・一認定の事実に、<証拠>を総合すると、前記第一・一認定のとおり、被告中川は金融機関を紹介するなどサンソールの資金繰りの相談にのり、昭和五六年一〇月三日から昭和五七年五月四日までの間前後五回にわたり合計金四六五万円を貸付けるなど(貸主は不二船舶)時には直接資金援助していたこと、従前から、被告中川は、田中、被告山本に対し、サンソールの貸金繰りを円滑にするには田中あるいは被告山本の個人所有不動産を担保にして金融機関から資金調達すべきことを助言していたが、実現せず、本件マンションについても先順位の抵当権が設定されており、しかも被告山本と前記カズ子の共有であつたため、これを担保にして金融機関から金融をうけることは不可能であつたこと、昭和五八年二月ころからサンソールの資金繰りはひどく悪化したこと、被告中川は自らサンソールに資金援助するもやむなしと考え、サンソールに対し、支払手形決済資金、工賃支払資金、従業員給料資金等として、昭和五八年二月四日から同年五月二日までの間、前後八回にわたり、合計金一〇〇一万円を貸付けたこと、右貸付の担保として本件根抵当権設定契約を締結したことが認められる。右事実によれば、本件根抵当権設定契約はサンソールの事業経営のための資金獲得の手段としてやむをえなかつたものであると認められるから、詐害行為となるものではなく、従つて、その余の点につき判断するまでもなく原告の詐害行為取消並びにこれを前提とする登記抹消請求はいずれも理由がない。

第三結論

以上によれば、本訴請求は、被告山本に対し、取締役の第三者に対する責任に基づく損害賠償請求権に基づき、金二四〇万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五八年五月三一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、被告山本に対するその余の請求並びに被告中川に対する請求は理由がないからこれをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官杉森研二)

別紙物件目録<省略>

根抵当権目録<省略>

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